死に行く雨と、閉ざす糸。
濁った空から雨が降る。
しとしと、しとしと幾筋も。
竹林の中、降るそれを、女はひたすら見つめ続けた。
「風邪を引く」
背後からかかるその声に、ゆるりとかぶりを振ったのち、小さく女は応えを返す。
「もう少し、…もう少しだけ、居たいのです、」
せめて、貴方が行くまでは。
対する男は驚いて、ほんの僅かに目を瞠る。
しかし即座にその顔を消し去って、そうかと一つ、頷いた。
…初めて聞いた、女の異を、なるたけ汲もうと思ったのだ。
「…有難う御座います」
これで、貴方を見送れる、嬉しそうに微笑んで、女はつぃっと瞼を伏せる。
静かに落ちる、雨の音。
飲み込まれる景色。
再び目を開ければ、また。
何時も通りの生活が、傍らで蜷局を蒔いている。
「もう、ゆく。…無理はするなよ、身体に触る」
「…はい」
ゆっくりと遠ざかる背を見つめ、つかの間の幸せを噛み締める。
あれ程に、焦がれた男と。
…自分は、夫婦になったのだ。なんと、幸せなことだろう。
身に余る僥倖に、僅かに身体を震わせる。
「-きっと。…きっと、必ずや。貴方の御子を、生みまする」
死に行く集落を護り行く、何よりも強い跡継ぎを。
彼の人の悲願でもある「嗣ぎの子」を。
自分は必ず生んでみせる。例え、身体が持たずとも。
「-そのためには、この身など。今更、惜しくあるものか」
決意を胸に据えたれば、がさりと茂みの動く音。
「…蛇か、」
現れたのは、白い蛇。赤く光る眼で一心に、此方を睨み据えている。
「蛇よ、神の使いなら。…この命諸共引き替えに、あの方の願いを叶えておくれ」
縋るように呟いて、女は部屋へと引き返す。
もともと身体が弱いのだ。
暫くは寝込んでしまうだろう。
女の姿を見送って、蛇が姿を消した後。
降り注ぐ雨は止むことなく。
ひたすら世界を沈めていった。