夢を見た。遠く、近い『今』の夢。あるいは、迸る激流の、見る間に駆け去る飛沫のような。
















-そんな、ささやかな夢を見た。













とある日の幸福。











嬉しそうに物事を語る人は、とても魅力的だと思う。聞いているこっちも楽しくなってくるから。

「それでさ、それがもう格好良くって!」

身振り手振りを交えての、体全体での熱弁。
磨き上げた硝子の様に、きらきらと光る瞳。
恋する乙女と云うのは、こういうのをいうのかな、ぼんやりとそんな事を思った。
どちらにしろ、微笑ましい事に変わりはないのだけど。

「ちょっと聞いてる?伊月ちゃん。」
「ああ、うん、ばっちり聞いてるさ。」

にしても、その深い情熱は何処からやってくるんだい、苦笑混じりにそう問うた。

「え、聞きたい?」
「あ、やっぱ良い。」
「何だよー、テンション低いなー。」
「え、こんなに生気がみなぎってるのに?」

嘘だぁ、と声を上げて彼女は笑う。けれど、確かに高揚した気分なのだ。
ただ、それが表に出ないだけで。
…目一杯、表現しているつもりなのだけれど。
そういう点では、体中で表現する木乃衣さんが、少し羨ましかった。

「やっぱ一番好きだよ!苑江ちゃんは?」
「ああ、うん、そうだけど。落ち着け室生さん腕が当たる。」

ぶん、と大きく振られた腕が、面白いぐらいに私に当たる。
-実はわかってやってるだろ。ちらりと頭をよぎった。
まぁ、何にせよ何かに熱中出来る事は良いことだ。
何かを好きになるのも良いことだ。思いを傾ける物がある人は、
とても幸せそうに見える。それこそ、妬ましい程に。

「…好いなあ、」
「え?」
「入れ込む物があるって好いよねえ。」
「何言ってるの、誰だって見つかるって!」
「そうかなあ。」
「そうだよ!」

自信たっぷりに頷かれ、僅かに胸に痛みが走る。
今までそれなりに生きては来たが、入れ込むほどの熱をもった事もないし、
強く惹かれたこともない。何より、そんな自分を想像することが出来ないのだ。常に傍観する、つまらない自分。

そんな私にも、こんなに幸せなことがやってくるのだろうか。

「そんなもんかな、」
「そうだって。」
「…そっか。」
「そうそう。」

そして、実に数日ぶりに、私は声をたてて笑った。
どんなに羨んだって、所詮、今はいまでしかないのだ。
急激に変化するなんて、
絶対に有り得ないこと。ならば、何時か訪れるその時を、今は楽しみにしていよう。
こうして、誰かの幸福を眩く思い、焦がれながら。


…それまでは、あの心地よい夢に微睡んでいよう。そうして、私は流れる日々にこの身を浸していく。

遠くて、近い、到来を待ちながら。



-終幕-