頭上を覆う灰色に、えみやは小さく息を付き、後ろののらに問いかける。
「雪、降るかなぁ?」
言葉をはき出すたびに、息が、白く、淡く、掻き消える。 もしかしたら、本当の雪よりも白いんじゃなあないだろうか。
ふと思うけれ口には出さず。ただただ頭上を仰ぎ見る。
「雪、降るかなぁ?」
幾ら待っても答えは返らず。聞こえるのは己の呼吸だけ。
かじかむ指の先が痛い。凍えた耳が細く、弱く。血脈の音を響かせる。
ぶるり、と身体を震わせて、漸くえみやは振り返る。
「ねぇ、のら、聞いている?」
部屋の中で寝そべって、彼方を見つめるのらが言う。
…さぁ、どうだろうねぇ。
ごろりと此方に寝返って、肩肘を立てて枕にする。
ただ緩慢で、気怠げなだけのその動作が、何故かこの男には酷く似合う。
それが良いことなのかは、知らないけれど。
「また、馬鹿にする。」
小さく眉を顰めたえみやを源、きゅうっと口元を持ち上げる。
…心外だね。私がその様な事、する訳がないだろう?
くつ、くつ、と響く声に、えみやは頬を膨らます。
「嘘付き。偶には、真面目に話を聞いたっていいじゃあないか。」
不機嫌そうにそっぽを向く、えみやの吐き出す息が白い。
薄暗いこの場所でも、確認出来る程なのだから外は余程寒いのだろう。
好い加減、中に入ったらどうなのか。思うけれども口には出さず。
ただただ喉を、震わせる。
「私は何時でも真剣さ。そう、真剣に…、」
ちらり、と横目でえみやを見、先の言葉を楽しみに、小さな喉が、鳴るのを認め。
「真剣に…不真面目なのだよ。」
途端に真白なその頬を、朱く、朱く染まらせて、強く此方を睨め付ける。
―やっぱり、馬鹿にしている。
幼い子供特有の、感情露わなその声に、少しからかいが過ぎたかと自省しながら苦笑する。
「そう拗ねないでおくれ。君に拗ねられると、どうしたら良いか判らなくなる。」
さぁ、そろそろ中に入りなさい、ゆったりと体を起こし、窓を開けて差し招く。
凍った空気が入り込み、身体の熱を奪い去る。けれどえみやは動かない。
視線を上に押し上げて、再びじぃっと空を見る。
「えみや、中に入りなさい。」
穏やかに発される命令にも、ぴくりとも反応せず。ひたすら無心に空を見る。
「…えみや、」
―雪、降るかなぁ?
僅かに眼を見張るのらに対し、もう一度えみやは問いかける。
―雪、降るかなぁ? 答えるまで動くつもりはない。
揺らぐ事ない視線を受け止め、致し方ない、と吐息を漏らす。
「近日中には降るだろう」
ようやく返った応えに対し、えみやは顔を綻ばす。
「たくさん、つもるかな?」
期待に胸踊らせるえみやを見、くつりと笑ってのらは言う。
―さて、どうだろうね。 曖
昧な応答に気も止めず、小さな>腕を大きく広げ、得意げに胸を反らして見せる。
「積もるよ。絶対に積もる」
確証もなく、保証もなく。証拠も、根拠すらもないと言うのに。
それでも「絶対」等と行ってみせる。
子供特有の傲慢さに、らしくもない暖かさを感じ、どうかしていると即座に打ち消す。
…自分らしくない感情など、不必要なだけだ。
―さぁ、もう、良いだろう。部屋にお入り。
もう一度手招きすれば、今度は素直に走り寄る。
「雪が降ったら、はやとといずみと遊ぶんだ。でも、いずみは身体が弱いから、気を付けないと、いけないね。」
くふくふと笑うえみやに、少しだけ苦い笑みをして。
ぽん、と頭に手を置いた。
―そうだね。けれど、本人に言ってはいけないよ。彼も男、なのだから。
対するえみやはくふふと笑い、楽しそうにのらを見る。
「うん、そう、知ってるよ。でも、いずみは女の子みたいだもの」
きっと、女の子としてやっていけるよ。
ふふ、そうだろうねぇ。
笑って返してみたものの、本人が聞いたら泣くだろう、気を付けなければなるまいな、と。
一人小さな決意を抱く。 それも直ぐに打ち消して、頭上の灰色を仰ぎ見た。
―嗚呼、今宵は冷え込むだろう。
暖かくして寝るのだよ、くしゃりと頭を撫でていう。
「それくらいは、判ってる。」
むくれるえみやに小さく笑い、のらはちらりと外を見る。
彼の視界には色のない、水墨画のような世界が広がった。