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遠くの空へ消えた。










 きらきらとショーウィンドウのガラスが煌めいた。
柄明日の先に負けじ、と飾り立てられたディスプレイには、クマやウサギの縫いぐるみが誇らしげに鎮座している。
ふわふわとした体に、黒いガラスの瞳。通り過ぎる人々を眺める様は、溜まらなく愛くるしいものがある。
黒く、つぶらな瞳に誘われるようにショーウィンドウの前に立つ。大きなウサギ、小さなクマ。
大きさも素材もバラバラな彼らは、無心に私に視線を投げる。

連れて行って。可愛がって。

きらきらと光る瞳から、ガラス窓を突き抜けて。無邪気な視線がぐさりと刺さる。
…もう、縫いぐるみなど買う歳ではないのだけれど。向けられる視線に絡め取られ、脚がぴくりとも動かない。

愛くるしさは時に凶器だ。

馬鹿げた言葉が頭を過ぎる。
ああ、でも小さなものなら買うのもありだ。あの可愛い動物を部屋に置けば、味気ない自分の部屋も少しは明るくなるだろう。
そう思ったら、もう止まらなかった。財布事情など知った事か。
何が何でも購入してやろう。無意味に意気込み、ディスプレイに向き直る。
途端、ディスプレイの縫いぐるみ達が更に魅力的に見えてきた。
柔らかく、心地よさそうな毛並み。愛くるしく輝く両の瞳。ああ、なんて魅力的なのだろう!
私はうっとりと彼らを見つめる。この中の誰を連れて帰ろう。贅沢な悩みに身を委ねる。

「ここにも居ない」

唐突な声。酷く幼いその声は、それまで陶酔状態にあった私を一気に現実へと引き戻した。
一体なんなのだ、折角の気分が台無しだ。むっとしながら横を見ると、一人の少女が立っていた。

「どうしていないんだろう。こんなに探しているのに」

肩を落とし嘆く少女は、私の視線に気付かずに。見ている此方が悲しくなるような雰囲気を漂わせていた。
その様子があまりにも痛ましかったものだから、思わず私は問いかけた。

「ねぇ、一体どうしたの?」

少女は私の問いかけに目を見張り、勢いよく此方に顔を向けた。
先のような、翳りのある顔ではなかったが、瞳が期待で爛々と輝いている。

「私のウサギを探しているの」
「ウサギ?…縫いぐるみの?」

我ながら間の抜けた反応だったと思う。幾ら幼くとも、生きたウサギが此処に居ない事は判るだろう。
穴があったら入りたい気分だ。恐らく少女も似た様な事を感じたのだろう、一瞬呆れた表情を浮かべたが、気を取り直して口を開いた。

「そう、ウサギの縫いぐるみ。ずぅっと、ずぅっと一緒だったの。…なのに、居なくなっちゃった」
「居なくなった?つまり、誰かに捨てられた、とか?」

一番あり得る話だろう。残酷な事だが、よくある事だ。どんなに大切にしていても、愛しいと思っていても。
形有るものは何時か壊れるし、必要な物は不必要な物に変わっていく。
大切なものが、がらくたへと変わる。それはある日唐突に訪れ、抗うことを許してくれないのだ。
親に捨てられた、知らぬうちに無くした。幼い頃の離別は、大抵そんなものである。

「判らない。お母さんは知らないって言ってたし。だからね、じゃあ何処に行ったのかなって。探して、家に帰ろうって」

でも、どこにも居ないの。

俯く少女は、今にも泣き出しそうだった。余程そのウサギが大切だったのだろう。
なんとかしてやりたい。私はそう思った。

「…買って、あげようか?」
「え?」

顔を上げる少女に笑いかけ、私はウィンドウを指さした。

「この中から、好きな子一人選ぶと良いよ。私が買ってあげる」

そうしたら、もう探さなくて良いでしょう?
そういうと少女はくしゃりと顔を歪め、ゆるゆると首を振った。

「要らない。…お父さんも同じ事言ってたけど。…要らない」
「どうして?もうみつからないかもしれないじゃない。だったら新しい物を方が良いでしょう?」

一息に告げてから、しまったと内心舌を打つ。少々、きつく言い過ぎた。
行為を無碍にされて腹が立った事は確かだ。けれど、この言い方はあんまりだろう。自分で自分が情けない。

「私のウサギはあの子だけ。あの子が私の『ウサギ』なの。…ここの子達はお姉さんが買ってあげて。私は他の所を探すから」

そこまで言うと、それじゃ、とあっという間に走り去っていった。脇目もふらず、走るスピードも緩めずに。
残された私は呆然と、少女の居た空間を見つめていた。

「…お客様?」

貼り付けた笑みを浮かべ、店員が声をかけてくる。長く其処に居た為、不審に思っての事だろう。
ああ、面倒な事になった。先の少女も気になるが、まずは目先の事からだ。
店員と同じように作った笑顔を浮かべる。

「ええ、あの縫いぐるみが欲しいのですけど」


会計をすませ店を出る。私が買ったのはウサギの縫いぐるみ。ディスプレイの片隅に座っていたウサギだ。
一番愛くるしいとか、一番良い毛並みだとかいう突出した部分は一切無い。しかし、私はそこに強く惹かれたのだ。
あまりに売れないから処分しようと思っていた。そう笑った店員の事を思い出し、強く包みを抱きしめる。
そちらの都合で作ったり処分したり。そんなの、あんまりではないか。
折角形を成したのだ。彼らだって誰かに大切にして貰いたい筈だ。
そう思ってふと、先の少女が頭を過ぎった。あの子は、ウサギを見つけただろうか。
あの子のウサギは、一体何処へ行ったのだろうか。

…ひょっとしたら、案外近くに居るかもしれない。それ程大切にされているのだ。
ある日唐突に戻ってきてもおかしくない。
そんな事を考えて、足取り軽く家路を辿る。腕の中には愛しい重さ。
その重みが、溜まらなくくすぐったく感じた。