紐がある。
紐、というよりは帯に近い。
しかしそれはだらりと垂れ下がり、両端はそれぞれ同じであり異なるものに括られている。
故に、これは紐である。

紐は赤い。
沈む日のような赤でなく、椿や石楠花の花のような甘やかな赤でもない。
どことなく鉄錆を思わせる、傷んだ赤色の紐だった。

「思うに。これは我々の血液なのではなかろうか」

くい、と紐を引っ張り男がわらう。
左手に括った赤を撫ぜ、それはそれは楽しそうに。

「我々の体内をぐるりと巡り、心臓によって延々と循環し続けるのだ」

己の発想が面白くてたまらない。
男の信条はそのようなものなのだろう。
くつり、くつりと喉が鳴る。ざざりとなるのは風の音。呼応するように揺れる赤。

「ああ、それは良いかもしれない」

紐を挟んで向こう側。
右手を揺らして彼が笑う。
先の男は暗さを含んだ笑みだった。
対する彼は、見ている此方まで明るくなるような。
そんな類の笑みだった。

「我々から流れる血なのなら、絶えず我らは血を流しているのだね」
「その通り」

重々しく男が頷いた。
それが道理である、と言わんばかりに。
ざわり、空気が動く「音」

「我らは血を流している。それは時に、見えるものであり、同時に見えぬものでもある。我々は、常に傷つき、血を流している」
「確かにそれも真実だろう」

彼は緩く頷いた。
やたら断定的な男の言葉ですら、彼には娯楽の一つでしかないらしい。
彼は口元を緩く吊り上げて、先の言葉を吟味する。

「あらゆるものは、生まれ落ちた瞬間は無傷だ。それが呼吸し、思考し、動く中で、なにがしかの傷を与えられ、自らも与えていくのだろう」
「正しく」

男は二つ頷いて、彼が口を閉ざしたのをみるやいなや再び口を開いた。
その間も、彼は笑みを絶やさない。

「今や我々の身体は傷に塗れている。そうして、我々の手は誰かの血で染まっているのだ」
「それらの傷や血が集まって、この紐を形成している、と」

男の言葉を彼が紡ぐ。男と違い、彼の言葉が軽く聞こえるのはその明るい声音が理由なのだろう。
どくり、脈打つ音。

「そうとしか、言いようがないだろう」

気分を損ねたのか、ず、と男は目を細める。彼の声色、口調からからかわれていると思ったらしい。
片方の纏う空気は柔らかく、もう片方は鋭く。
第三者から見ても、当事者からしても居心地の悪い空間である。
突き刺さるような空気を気にもとめず、彼は何もかもおかしいと笑ってみせた。

「そうなのだろうね。あまりにもこの紐は象徴的だ。色を見ればそのように思うのも無理はない」

けれども。けれども、と彼は呟く。先から男と彼と、交互に続いていた会話。
二人にとっては、当たり前だった順序。それが唐突に終わりを告げる。
よぎる焦燥。