「外せ?どうしてだい。それは生きている証だろう」

「証だと?なにを馬鹿な。ただ、雁字搦めに縛り付け、自由に動くことすら許さない。
これでは死んでいるも同然だろう」

「死んでいるも同然、か。君は今この瞬間にも呼吸し、血液を巡らせているというのにかい?」

「ああ、そうだ。これは死と同じ事柄だ。生とは呼吸し、血を循環させるだけではないのだよ。
自ら思考し、動き、言葉を発す。それこそが生というものだ」

違うのか、と男は彼を睨め付ける。
眼にはめらめらと炎が映り、食いしばった歯の隙間からはひゅう、と息が漏れる音がする。

あまりにも醜く、滑稽だ。

彼はそんな感想を抱いた。

「それはどうだろう。先に言ったように、人は傷つけ、傷つくものだ。傷には痛みが付きものだ」

「当たり前だろう。痛まぬ傷などあるものか」

遠回しは発言は要らぬ。男が低く唸る。
ぎらぎらと光る二つの窪みが、いっそう強い光を放つ。

己の感情をありのまま体現し、けして押さえつけようとはしない。
しがらみや規則。理性という言葉で自己を戒めるのが人ならば、今の男は人ではなく。
本能のままに生きる、獣のそれに近いだろう。
その内、雄叫びをあげて目の前の。
彼の喉笛を食い千切ってしまうのではないだろうか。
びしゃりと散らばる血を浴びて、すぶりと肉に牙を突き立てるのではなかろうか。

…彼は判らなくなる。この空想が現実となるのか、それとも既に現実なのか。
この喉笛は如何なるものか。そっと首筋に手を添える。
血の吹き出る感覚もなく、焼け付くような痛みもない。
紛う事なき現実に、彼はそっと安堵した。

「傷まぬ傷などあり得ない。正しく」

空想に対する怯えと、現実に対する安堵をおくびにも出さずに彼は言う。
穏やかに言葉を紡ぎながら、なぜ男はここまで躍起になるのだろう、僅かな疑問を抱いた。

「傷を負う、ということと痛みを得ることは等しい。それを判っていて、どうして傷つくことを受け入れられようか。
痛みを自ら欲する者など、そうそういないだろう」

男の言いたいことはこうだろう。
大半の人は傷や痛みを厭う。
それは生存本能から来るものであり、個人の感情から来るものである。
傷つきたくないし、傷つけたくない。そういった思いが複数集まり。徐々に増えていく。
すると、したくない、されたくない、がしない、させないへと変化する。
そうして、それが当然のこととなり、しがらみへと姿を変える。

現在浸透している殺人罪も、このようにして出来たのではないだろうか。
昔は敵討ちだ、国のためだと正当化しようしていた頃もあったけれど、
それより「殺されたくない」という思いが上回ったのだろう。
どこまでも浅ましい、生き物だ。男は低く毒づいた。